そこに観るのは、「自己の歩み」ではなく、「自己である歩み」である

昨晩、過去に書いた日記を読み返す作業をしていた。気がつくと年が明け、3時になっていた。

 

日記と言うものを書き始めたのは中学3年の時からで、以来、思いついた時に断続的に書きつづけている。折に触れて読み返すと、その幼稚さに苦笑したり、逆に思わぬ「名言」に心動かされることもある。日記はある意味、自己の影を映す鏡であるが、そこで見出される自己像は、それを読んでいるたった今の「わたし」のものであると思えない、つまり、これを書いた「その人」が、本当に「自分」であるととても思えないようなものもある。

 

今回、とくにそう感じたのは、日記を書き始めた、中学時代のものだった。恥ずかしくなるようなものばかりだから、自分のものと認めたくないという気持ちもないではないが、それだけでなく印象的なのは、当時の文面を飾るのが、どれもこれも、借り物の言葉ばかりということ。当時好んで読んでいた、漫画。ラジオ。学校での周囲のクラスメイトの話し方。そうしたものの模倣と思われる言い回しばかり。だからこれは、わたしの言葉ではない、と今読んで思ってしまう。何か、そうした外部に存在する格好の言いもの、を寄せ集めて自己を構成・表現しようとしている、とでも言うべきか。一言で言うと、虚飾なのだが、その言葉はわたしのものではない、それゆえに当時の文章を読んでも、これは自分が書いたとは思えない…というような言葉の持つ温度や感触といった肌触りの違い(あるいは体臭の違い)があまりにも今と大きい。

 


と書きつつ、「しかし今、こうして書いている文章でさえ、実は自分以外の誰かの言葉の模倣に過ぎないのではないか」という問いが生じる。好んで用いる言い回し、文章のリズム、構成。これらは、すべて私が過去に接した他者の声(耳で聞いた、目で読んだ)の模倣的な反復に過ぎないのではないか。すなわち、わたしの精神を構成するのは、他者から借用された、無数の声に過ぎないのではないか。そうであるとするならば、今こうして書いている文章も、中学時代の文章も、「借り物」である点に関して違いは無いことになる。

 

わたしは、わたしという存在を、無数の声が去来する舞台のように表象することができる。わたしとは、「言場」であると以前考えたこともある。「言葉」はわたしの所有物ではない。言葉は来たり、去る。わたしが言葉をつむぐそこに、なんらのオリジナリティ、あるいは創造性と言うものが存在するのか、はなはだ疑わしい。言場としてのわたしは、意味を創出する泉であるのか。それともそこは、言葉が流れが去来する単なるため池に過ぎないのか。

 

たしかに、言葉は、他者から借用する。意識せずとも、それは模倣の側面を持つ。しかし、反復する際、「語りなおす」という働きがある。語りなおすのは、新しい行為である。わたしは無限に言葉が反響する虚ろな空間、言葉を備蓄するため池ではない。意味は、わたしという言場において、混成される。ある言葉はある言葉に香りをつけ、新しい芳香を漂わせる。そこに漂う「意味香」の磁場は、それが微かではあってもこれまでにない作用をもたらす。言葉は「借り物」であっても、その古い言葉を新しく使うことができる。そこに「模倣」とは違う、「生成」という現象はある。そしてその「生成」の仕方の固有性に、それを行う精神の「体臭」を我々は感じるのである。また書き手の喜びは、この「生成」への関与にあることは、体験的な事実でもある。わたしの声は単なる無機的な他者の声の反響ではない。わたしは無数の声が去来・反復する場であると同時に、意味を創出する泉でもある。したがって上でたてた問い(言場としてのわたしは、意味を創出する泉であるのか。それともそこは、言葉が流れが去来する単なるため池に過ぎないのか)に対する答えは、両方である、というものになるだろう。

 

このように考えるならば、日記を読み返す作業の中で、「私の書いたもの」と「私が書いたと思えないもの」を区別するのは、それがたんなる模倣であるか、体臭のこもった生成であるか、を嗅ぎわける嗅覚だ、と言うこともできる。そして、生成には、生成された内容が、例え今生成し得る内容と異なるものであったとしても、そこには、同じわたしの匂いのようなものがある。わたしがかつて悩んでいた悩み、それはもはや問題ではなくなり、現在は、まったく異なった見解をもっていたとしても、その悩みが他者からの「借り物」ではなく、わたしのものとして生成的に表現されていたならば、今それを読んでそれはたしかにわたしのものとして感じれられる、ということである。つまり、ジェンドリンの言い方を借りるなら、これは「変化-内-継続」を特徴とする「推進」の歩みをそこに見ることができる、というそのことだ。そこに観るのは、「自己の歩み」ではなく、「自己である歩み」である。あぁ、その歩みの不思議なこと。