記憶の春

春の訪れを感じます。

 

雪国では、長く伸びてきた陽や、雪解けの雫の音が、春の先駆けです。じき、土の匂いが風に交じり、雪下からクロッカスが顔をのぞかせることでしょう。

 

しかし、これほど雪解けの賑やかな嬉しいこの時節、この明るさがもの悲しいのは、春が別れを含意することに由っています。

 

はじまりは終わりでもある(あるいはその逆)という二者の逆説的結合を、情緒的な水準で直に感じさせる体験を、私たちは持っているのではないでしょうか。

 

そこには、眼前のみずみずしい春だけでなく、これまでの人生の積み重なった記憶の春が、同時に味わわれています。