光は影を生み、影は光を受胎する

 

kyodatsu.hatenablog.com

 
書くことによって、漠とした何かが形をとり始め、表現へともたらされる。書くという行為によって、漠とした何かは、諸要素が互いに関連付けられ、整理される。書くという過程において生成した言葉は、玉石のように懐にしまい、取り出しては眺め、吟味することができるようになる。つまり、既存の表現・理解は、とりだして読むこと(あるいは思い出すこと)によって、再度陳述しなおす(しまっておいた意味を箱から取り出して床に展べ開げる)ことができる、ということである。例えば「玉石の持ち運び」というキーワードについての既知の意味の陳述を展開するとは、こうである。「『玉石の持ち運び』というのは、生みだした表現が保存(あるいは記銘)され、時おり見返し(想起し)ては吟味できる状態にあるということを意味する」。

 

さて、自らの書きしるした文章を読むとき(これは、「玉石」を取り出し、玉石として結晶した理解のつらなりを再び自己に展開させ、与えることである)、書くという努力において実り生成した、すでに整った表現・理解につきない何かを、行間に感じる。明確な表現・理解へと整理され凝結された一連の言葉の陳述によって、行間の「のみならざるもの」が浮き立つことを感じる。ここで言う、行間の「のみならざるもの」とは、既知なる陳述された理解、それだけに尽きない何か、を意味する。既知なる陳述された整理された理解は、例えるなら輪郭の確かな光である。光は影を誕生させる。ぼんやりした光はぼんやりとした影を生むが、輪郭のくっきりとした光は、影の存在をくっきりと生みだす。書くという過程で明確化された理解の光は、行間に新たな影の誕生を示す。

 

そして、行間の「のみならざるもの」=「影」は、新たな生成を予感させもする。既知の文を読み、「でもここに言われていることだけではない!」と感じるならば、そのとき「新たな生成の予感の生成」が起っているのである。光による影の生成とは、新たな生成の予感の生成である。なぜなら、「のみならざるもの」=「影」は、書くという営みの出発点であった、新たな「漠」であるからである。既知の文を読むとき、その表現への理解はなめらかに進行することができる。かつそれと同時に、既知の理解、既知の表現に漏れる何か、未知なるものの存在も感知されうる。それは開拓を待っている。

 

このように、既知の玉石の展開によって照る光は、新たな(次なる)玉石の土壌である影を生む。影は新たに生成される理解と表現の母体、肥沃な土である。光が影を浮き立たせるとき、影は新たな光を受胎している。光は影を生み、影は新たな光を内蔵する。ここにこそ創造のいのちがある。それゆえに、光が世界を一色に塗りつぶすならば、それは死を意味する。

 

前回記事では、書くことは玉石の結露であると言った。しかし、こうも言える。書くとは、影に受胎した光の出産を丁寧に世話することである、と。

 

 

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上の文章は、ステップ22「性質を考えて思考を深めよう」を使って。 

以下そのMEMO。

 

テーマ「玉石の持ち運び」とその展開

A玉石の展開

B行間の「のみならざるもの」

C新たな生成の予感

① 玉石の展開は、本来、行間の「のみならざるもの」である
=玉石の展開は、本来、行間の「のみならざるもの」の性質を持っている
なぜそう言えるか。玉石の展開のよって陳述された文は、整理された理解を言い表す、ゆえにそれはなめらかに理解されるが、その行間には、それだけでないもの「のみならざるもの」が一層感じられる。輪郭の確かな光によって、はっきりとした輪郭の影が浮き立つように。シャープで整然とした表現は、表現に照らされる理解に漏れる何かをかえって浮き立たせる機能を持つ。それは行間に満ちている。


② 行間の「のみならざるもの」は、本来、新たな生成の予感である
=行間の「のみならざるもの」は、本来、新たな生成の予感 という性質を持っている
何故そう言えるか。行間の「のみならざるもの」は、既知ではなく未知である。しかし未知なるものはそこに存在が感知されてある。未知のむこうは、開かれることを待ってある。わたしたちは新たな未知の向こうを開拓する可能性をもつ。

 

③ 新たな生成の予感は、本来、玉石の展開である
=新たな生成の予感は、本来、玉石の展開の性質を持つ
何故そう言えるか。
新たな生成の予感に基づき、言葉を紡ぎ、精錬する時、新たな玉石が生れるから。
新たな生成の予感とは、玉石の誕生、つぎなる玉石の展開の予感である。

※④玉石の展開は、本来、新たな生成の予感である。
既存の玉石の展開のうちに、新たな生成の予感は、本来的に含有されているからである。玉石の展開にともない、新たな生成の予感が生成する。換言すると、新たな生成の予感は、玉石の展開の局面として本来的にそこに含有される。あらたな光は、あらたな影を生む。光が世界を一色に塗りつぶすならば、それは世界の死を意味する。光は影を誕生させ、影は新たな色彩をもつ光の誕生の母体である。あるいはこうも言える。明晰な表現によって生れる行間、すなわち影は肥沃な土である。


新たな用語
玉石の展開、行間の「のみならざるもの」、新たな生成の予感、整理された理解、輪郭の確かな光、表現に照らされる理解に漏れる何か、既知、未知なるものの存在の感知、未知の向うの開拓可能性、新たな(次なる)玉石、新たな生成の予感の生成、光は影を誕生させる、影は光の母体、影は肥沃な土

用語チェーン
玉石の展開、行間の「のみならざるもの」、整理された理解、輪郭の確かな光、既知、光は影を誕生させる、新たな生成の予感、表現に照らされる理解に漏れる何か、未知なるものの存在の感知、未知の向うの開拓可能性、新たな(次なる)玉石、新たな生成の予感の生成、影は光の母体、影は肥沃な土

要旨
序)→玉石の展開によって、陳述される理解によって、行間の「のみならざるもの」が浮き立つ。既知なる陳述された整理された理解は、例えるなら輪郭の確かな光である。光は影を誕生させる。ぼんやりした光はぼんやりとした影を生むが、はっきりした光は、はっきりした影を生むように。行間の「のみならざるもの」=影は、新たな生成を予感させる。玉石を展開し既知の文を読むとき、表現に照らされる理解に漏れる何か、未知なるものの存在が感知される。それは開拓を待っている。玉石の展開によって照る光は、新たな(次なる)玉石の土壌である影を生む。新たな生成の予感の生成を生成する。影は新たに生成される理解と表現の母体、影は肥沃な土である。→結