映え出で、空への招き

充分に平らかな光を照らしあてるからだの現成、
透明な晴れなる現像の映え出で。

 

照らしあてる平らかな光で、からだはある。照らしあてる平らかな光であるような、そのような、「からだ」。
平らか
ゆらぎなく、空である。そこにものは満ち、映える空である。
光は空であり、わたしは空である光である。
光は痛んでいない。光は苦悩しない。
光は痛みを持ち、苦悩を持つ。しかしながら、光は痛みや苦悩であるのではない。
光は平らか。

光は、身(からだ)。
光は、身、空。そして光が照ることが私。光として生きるわたしが、身。
生きることは、ものを観じることとして進行する持続。そしてそれは、光として生きる私である、からだ。そのからだは、空なるからだ。

現成
成る。そして実現する。実現とは、事実、現ずること。
事実、現ずるというリアリティが、わが身として起こる。その事実現ずるリアリティが、そのまま身であり、わたしということ。

映え出で
対象に働きかけることで、対象が変ずるのではない。
心身のmodeが調律されるとき、自ずと映現する事物の映現仕方が変ずる。心身のmodeに応じ、ものの映現が変わるのである。

出で
操作によってでなく、むこうから現ずることを言う。映現様態を変えようと、心身が意図するのでない。心身が平らかな光である時、対応して、事物は透明な晴れなる映え出でとして、自らを顕す。あるいは、映現に従って、自身を委ねること。
映え出でとは、存在の露現。その成り行きに任せるところ、それが空なる、平らかなる光としての、からだ。

 

充分に平らかな光を照らしあてるからだの現成、
透明な晴れなる現像の映え出で。

 

 

映え出でとは、存在の露現である。映え出でに応じ、空なるからだへ招かれる。