どこにもいないそいつとして生きる

イメージされた自己(自己像)がすなわちわたしなのか。いや、自己イメージを浮かべているわたしこそがわたしだ。でもそいつはどこにもいない。では、どこにもいないそいつとして生きてみられたらどうなる。ふだん多かれ少なかれ、いや大いに、自己像=わたし、として迷走しているそいつがもともとそいつであるところの。