ふじゅふじゅ 創作オノマトペとフォーカシング

じぶんの身体の、のど、胸、お腹のあたりに、注意をむけてみる。視覚的に「見る」、というのでなくて、どんな「感じ」がするか内側から感じてみ(観)る。
そうすると、なんかもやもやしていたり、なんかムカムカしていたり、そういったものが、そこにいるのがわかる。そのもやもやや、ムカムカは今日あった誰それさんとの出来事に関するものだったり、何なのかはっきりしないときもある。
このもやもややムカムカなど、自分の内側から感じられる「何か」のことを、フォーカシング(「ジェンドリン フォーカシング」などで検索したら出てきます)の世界では、「フェルトセンス」と呼ぶが、フェルトセンスにフォーカスし(焦点を合わせ)、関心を注ぎ、丁寧に耳を傾け、やりとりを重ねていくと、洞察・新しい理解・創造が我々に訪れる可能性がある。

 

【仮説】

フェルトセンスに一言、ぴったりくることばを見つけようとするとき、(「取っ手(ハンドル)」をつけるとき、)、オノマトペをつけてみるのが役に立つのでないか。「もやもや」「イライラ」など既存のオノマトペだけでなく、まったくあたらしく、音を組み合わせて。

 

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実験。実際にフォーカシングする。以下。

ここ1週間ほど、自分の中に、悲しみのようなものが常に注意をむけると存在していることに気づきはじめた。情動的な色合いが濃く、たぶん、かなしみのような…。「それ」にぴったりする言葉を探すと、「ふじゅふじゅ」。ふじゅふじゅしたかなしさみたいなもの。その存在に気づいてはいるが、それは晴れず、すっきりしない。

心の中でずっと泣いている。雨が降っている。でも、わーっと放出するような悲しみではない。こらえてにじみでるような悲しみ。「ふじゅふじゅした」悲しみ。

…そう言えば、こどものころから、兄や父にひどいことをされても、歯を食いしばって、息をのみ込むようにしか泣くことができなかった。泣けばより相手を怒らせ、辛い思いをするから。叱られたり暴言を吐かれても、言い返すことも、泣き叫ぶこともできず、ぐっとのみ込み、その場を離れ、別の部屋で一人になってから声を押し殺して泣いていた。

試しに、と思って、腕を拡げ、口を大きく開け、「わあぁぁぁーーーーっ!!」と泣き叫ぶような、ポーズをとってみた。ポーズで感情を表現する、彫像の作品みたいに。
すると、まるで体のストレッチみたいに、心のしわが伸び、ここ1週間ほど続いていた、ふじゅふじゅしたかなしさが、すぅっと薄らいでいった。かつ、悲しみでもあるかもしれないが、それは怒りだということがはっきりしてきた。ただの怒りでなく、相手へ向けられた怒り。怒りをぶつけられる相手がいないといけない。その押し込められていた相手への怒りを放出したような感じ。あぁ、そうだったのか。ずっと叫びたかった怒りだ。なりふり構わず、相手に向って、泣いて叫んでみたかったんだ。あえて擬音にこだわるなら、ボギャーと口からキャノンビームを発するみたいに。

 

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実験終了。


ポーズをとってみるというのも、「何かはっきりしないもの」に表現を与える一つの手段だと考えるなら、ぴったりくるポーズをとることも洞察ということになるのだろう。
今回は、「ふじゅふじゅ」という創作オノマトペをとっかかりに、「息をのみ込むようにしか泣けなかった」ことがわかり、本当はそのときそうしたかったその感情にぴったりくる何かが、「ポーズ」を介して表現された。結果、自分が感じていたのは「『相手に対する』怒り」だったのだ、ただ淀んでたまっている怒り、悲しみでなく、相手にめがけられてぶつけたかったのだ、という側面が明確に、全身をつかって意識化されたということなのだろう。
なるほど。ポーズを介して洞察するというのは初めてで思いがけないことだったけれど。
プロセスは確かに進展した。心の部屋の窓があき、新しい風が吹き込んだような感じがしている。

 

とっかかりをつかむのに、フェルトセンスに尋ねて、オノマトペを作ってみるというのは、役に立ちそうな手法である。フェルトセンスを漢字一字で言いあらわす漢字フォーカシングというのは聞いたことはあるが、オノマトペ・フォーカシングというのは聞いたことはまだ無い。だれか研究している方はおられないのだろうか。

 

あたらしいオノマトペをつくる…意味以前(のはず)の純粋な音の自由な組み合わせが、意味の質感を表現し得ると言うのは不思議な現象ではあるが、実際おこっているのだからなおさら不思議である。「あ」「い」「う」…。意味以前の純粋な音。意味以前であるが故に、異なる意味を生み出し得る。時に相反する。たとえば「『あ』い」「『あ』らそい」。音は、意味構成の形成素としての、それ自体は無意味な意味潜勢体。

 

ふぅ、すっきり。ふじゅふじゅは、どこにいってしまったのだろう。創作オノマトペは実益もある。