「思考について垂れ流す思考」はいったい誰が読むのか

 

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二本書いた、「思考について垂れ流す思考」について。

じぶんでは、書いていて面白いのだが、これはいったい誰が読むのだろう。

 

自分自身、書いている最中は面白いのだが、書き終わったら、読み返すことなど、面倒で、無い。

 

書くことと同時並行で思考を観察し、叙述(書いて)していくわけで、まさしく思考について思考しているというその現場である。思考は思考に充足し、満足する。やっている最中は気分もいいが、読み返すのは面倒くさい。いくらスキーが好きでも、スキーを滑っている自分の動画見て、その時と同じ楽しさを味わうのは難しいだろう。せいぜい滑りの研究になるくらいで。

 

だから、書いても自分では読まない。

 

これを読んで面白いなと思ってくれる人がいればなんかうれしいけれども、いたら、もの好きな人なのだと思う。文字どおりの意味で、そんな人は「有難い」。ふだんの社会生活というか対面の人間生活で、こんなことを考えていると言っている人と会った事が無いから。

 

いや、じぶん自身対面の人間生活の中で、こういう思考の嗜好を表現しないように、こういう思考の嗜好の人は一般にそれを表現しないだけで、実は、そういう人自体は「有難くない」、そんな可能性もあるのだろうか。