幸福であることのしるし

 問い)幸福とはどういうことでしょうか? 

 答え)その人が幸福であるとは、幸福であるとその人が感じているということである。
 

 …というと、あたりまえすぎるようだが、これは単なる同語反復ではない。

 その人が幸福であるとは、他の人が、その人を見て幸福であると判断することではない。他の人がその人は幸福であると判断しても、当人が幸福と感じていなければ、当人は幸福ではない。その人が幸福であるか否かを判断する唯一の基準は、その人が現に幸福と感じているということである。

 

 と同時に、幸福とその人が感じているということは、私は幸福であるとその人が「考えている」ことではない。それは、私は頭がかゆいとその人が「考えている」ことと、実際にその人がかゆみを「感じている」こととが異なるのと同じである。その人が頭がかゆいとは、頭がかゆいと考えていることではなく、かゆいと感じていることである。

 「私は、あの人と比べてよっぽど恵まれている、ましな状況である、故に私は幸福である」と人が思う時、その人は、私は幸福であると「考えている」のであって、私は幸福であると「感じている」のではない。その人は己を欺いている。その証拠に、いくら人と比べ己の幸福を己に説得しても、心が満たされるわけではない。事実その人が幸福を感じているということが、その人が幸福であると言うことであり、私が事実幸福に感じているときにのみ、私は私が幸福であると考え、正当にそのように言うことができるのである。

 

 したがって、「その人が幸福であるとは、幸福であるとその人が感じているということである。」と私は言う。

 

 私は今、頭がかゆいか? 知りたければ、頭にかゆみがあるか、己の身体を確かめればよい。

 私は幸福であるか? そのしるしを何らかの外的基準に求め、考えを巡らせる必要は無い。己が事実、たった今ここで、幸福であると感じているか、静かに己の実感を尋ねるのみである。