幻について。(1)

 

 たとえば、息子がおびえながら「おとうさん、おとうさん!!あそこに魔王が居るのがみえないの?」。「ぼうや、あれは霧だよ。魔王なんかいないよ」と父。


 父がいくら息子に、あれは霧だ、とかそれは枯葉の風に鳴っている音だ、と説明したところで、息子が経験している「それ」のリアリティは色あせなかった。それどころか、息子が「それ」について語れば語るほど、父の方こそが「それ」のリアリティに侵され、恐れ、馬を駆り立てた。そうして、人の家にたどり着いた時には息子は死んでいた、という話の筋である。有名な、ゲーテの『魔王』という詩。


 「幻」「現実」を対概念としてここで考えてみる。
 「おとうさん、おとうさん!! あそこに魔王が居るのがみえないの?」と問う息子に対して、「ぼうや、あれは霧だよ。魔王なんかいないよ」と答えるのが、世間一般的に正しい答えだろう。魔王と見えるそれは、幻あるいは錯覚・見間違えであり、現実には・本当は・正しくは、それは霧である。

 

 我々が何かを見た時、そのものが幻であるか、現実であるか、どうしたら確かめられるのだろうか。幻と現実を区別しているものは何なのだろうか。

 

続)