メモ

私は

私は見、私は聞き、私は触れ、私は嗅ぎ、私は味わい、私は思う。 像がそこに見える。例えばディスプレイとそこに映る文字が。音がそこに聞こえる。例えばBarry Harrisのピアノ。感触が感ぜられる。例えばキーボードのプラスチック素材の表面の平らさ。匂いが…

どこにもいないそいつとして生きる

イメージされた自己(自己像)がすなわちわたしなのか。いや、自己イメージを浮かべているわたしこそがわたしだ。でもそいつはどこにもいない。では、どこにもいないそいつとして生きてみられたらどうなる。ふだん多かれ少なかれ、いや大いに、自己像=わた…

私を通して「いのち」は何を実現したいのだろう

「何のために生きるのか?」この問いをどれほど切実に問うたことがあっただろうか。「いったい自分に何の価値があるのか?」このように、自身のみじめさに嘆いたことは幾度でもあることではあるが… 「何のために生きる?」この問いよりもむしろ、次のような…

銀歯  歯医者に行った日に

焼却されて脳髄が蒸発しても残るんだろかこの銀歯。 たとえば仮にぼくがあす死んで。

メモ2014/9/26

メモ2014/4/16 の記事で、山川草木に接するがごとく人に接することができれば、人間的な情念から解放されて楽に生きれるのでないか、というようなことを書いたが、逆を考えてみる。 人間に接するがごとく山川草木に接することができれば、どうなるか。人間的…

メモ 2014/4/16

・山川草木に対するがごとく人に対することができれば人間関係に疲弊することもないのでないか。人に会えば疲れるのは、劣等感、嫉妬、蔑みその他人間的な情念を触発されるから。山川草木の如く無心に人を見ることができれば、人の間にいながらにして、世間…