銀歯 歯医者に行った日に 続

kyodatsu.hatenablog.com ここで何が感受されているかというと、「わたしとは何か」というその問いです。歯医者に行って銀歯を入れられ、自己のアイデンティティにゆらぎが生まれている日常の現場の感覚です。それはどのような感覚なのか。 あの日、先ほどま…

出会い

ベンチに腰かけ、宙に置くわたしの眼ちいさなあなたが行き、過ぎるこの老人とちらと目が合い、ぺこりと会釈して あなたの声を、わたしは知らないわたしは忘れた、あなたの顔立ち、性別すら 確かなのは、まなざしの交差、あのかちりとした感触ふたつの時が透…

時間。大人になること。

ディズニーの『ピーターパン』。YouTubeで観ることができる。 ウォルト・ディズニー(Walt Disney) - ピーター・パン(Peter Pan) Part1 ウォルト・ディズニー(Walt Disney) - ピーター・パン(Peter Pan) Part2 1 大人と子ども。時間。追われること:頓着しな…

ケアすること・意味・報酬

先ほど、メイヤロフの『ケアの本質』を読み終わった。 いくつかの言葉がこころに印象を残している。 「私と補充関係にある対象を見い出し、その成長をたすけていくことをとおして、私は自己の生の意味を発見し創造していく。そして補充関係にある対象をケア…

そこに観るのは、「自己の歩み」ではなく、「自己である歩み」である

昨晩、過去に書いた日記を読み返す作業をしていた。気がつくと年が明け、3時になっていた。 日記と言うものを書き始めたのは中学3年の時からで、以来、思いついた時に断続的に書きつづけている。折に触れて読み返すと、その幼稚さに苦笑したり、逆に思わぬ…

ほんとうに読みたい文章を求めて

今日久々に、テナーサックスの演奏をした。 3年間ほど、文字通り誇張でなく、Stan Getzを聴かない日は無い時期があった。でも、今はほぼ、Getzを聴かない。というか音楽そのものをあまり聴かない。 今日たまたま気まぐれに、テナーを吹いて、こうして演奏す…

夢は与えられるものなのか

街頭募金を行っている団体を見た。こどものための募金を行う団体らしく、「こどもたちに夢を与えてください」と呼びかけていた。わたしは、近くのベンチに腰掛けて、昼食のドーナツを食べていた。秋のひろい青空、ひんやりとした風に、木々のいろづいた葉は…

生きられる時間

見田宗介『社会学入門 人間と社会の未来』(岩波現代新書)で、ペルー人の「時間」認識、いやおそらく認識以前に、彼らにとってすでにそうであるような「時間」感覚とでもいうようなものについて、語られている。それは、「近代」的な、時間感覚と対称を成す…

震災日記 9月20日

kyodatsu.hatenablog.com 9月20日 北海道での大きな地震から二週間経つ。そろそろ言語化できるのではないかと考えつつ筆が進まないでいた。 振り返ると、今回の地震はさほどの人生上のゆれを与えなかったとも言える。滅多なことでは起こらないワクワクした大…

ジブリヒロイン覚書 『かぐや姫の物語』を見て

『かぐや姫の物語』を見た。ジブリアニメの女性キャラクターの特徴と言っていいのだろうか。主人公の「かぐや姫(たけのこ)」にも、独特の魅力がある。その魅力には、他のジブリ作品で描かれる人物たちと、どこか似たところを感じる。 以下、思いつくまま。…

震災日記 9月6日

震災の影響で仕事が休みになっている。一時、停電と、交通手段の麻痺と、断水の噂などで、生活上の障害も大きかったが、幸い、今はライフラインも回復し、都市の交通機能なども徐々に回復しつつあるようである。 9月6日 札幌市。夜中、大きな地震があったこ…

詠嘆は息となり、眼前の秋と一つ

先週のいつの日からか、感じている、秋を。甲子園も終わった。しばらく雨が続いている。北海道の夏は短い。あれ、つい先日、春の訪れを感じていた気もするが…と月並みな回顧を行っている。季「節」の変わり「目」は、「節目」として人を回顧に誘うようである…

信じるとは

信じるとは、手放し、尊び、ゆだねること。 手放す。川の上に木の葉をそっと浮かべるように、手放す。 何かに特定の影響を与えようと作為すること。特定の結果を得ようと意図すること。そうした思いを手放す。自分自身を手放す。 尊ぶ。信じる相手が、わたし…

大雨や地震のニュースを聞いて。

大地は揺れ、天から豪雨降り注げばあたりは川となる。 人は人の世界内部に自然を飼育・管理し得るかのようにふるまう。 たとえば噴水や街路樹や花壇や排水溝を作って。 しかし人の世に大地や空や雨が属するのではない。 むしろ人の世がそれらに属する。庭の…

IOFI原理と鳥飛んで鳥の如し felt senseとfelt meaningの違い。

得丸さと子先生の、『ステップ式質的研究法 TAEの理論と応用』を読んでいます。 「TAE(Thinking At the Edge)は、うまく言葉にできないけれども重要だと感じられる身体感覚を、言語シンボルと相互作用させながら精緻化し、新しい意味と言語表現を生…

フォーカシング-ジェンドリンからの恵み

「いまに全てを空け渡す」「自分を道端の小石のように、そこにおいておく」。 日常の様々な困難さの最中、例えば通勤までの電車の中で、こうした言葉が浮かび上がることがある。わたしはことばの持っている滋養が静かにからだに沁み行くのを確かめ、そのまま…

真夜中のパーティ

『真夜中のパーティ』を読んでいる。フィリパ・ピアスによる短編集。いわゆる「児童文学」であり、ことばも固くは無いので、読むのは大変ではない。しかし一気には、何故か読めない。一編一編、日を置いて読んでいる。 わたしは児童文学が好きで、エンデの『…

問いであるかさえあやふやになる

わたしがいるということ。それは、こうして世界が開けているということ。端的なそうであるということ。そうなっているということ。 わたしはそれを何度も確かめている。 意識の真ん中に、なぜかこの肉体が存在し、そこから世界の体験は開かれている。 つまり…

さよならのオレンジが明けた

3/27 皆が一日の務めを終える頃あい、さよならのオレンジが明けていることに気づいた。 「さよならのオレンジが明けた」。 妙な表現になったが、それは、夕方窓から差し込む陽の光を見て、そこに或る「たしかさ」を感じたという生活雑感の一つに過ぎない。そ…

記憶の春

春の訪れを感じます。 雪国では、長く伸びてきた陽や、雪解けの雫の音が、春の先駆けです。じき、土の匂いが風に交じり、雪下からクロッカスが顔をのぞかせることでしょう。 しかし、これほど雪解けの賑やかな嬉しいこの時節、この明るさがもの悲しいのは、…

夢の川

夢に、或る川を見た。 雪の山間を流れるその川は細く、冷たそうに見えた。 流れる水の響きは、沈黙の気配を耳に伝えていた。 人の言葉ではない言葉を、それは語るかのような。 この流れは、どこから来たのだったか。 「源」。何かが起り、生れる場所。 未知…

宇宙塵を食べる星の子の、不可思議な営為

働くということ。 それは、社会の中に自分の位置づけを持っているということ。何らかの他者の幸せに寄与する(はずの)役割を得ているということ。そうであるから、働くことで報酬が得られ、いわゆる「生活」が成り立つ。生活を構成するためには、貨幣が必要…

久々に池田晶子さんを読んで

無は無なるが故に無い。つまり存在のみ存在する。 無は無いと知ることによって、端的に現に存在が存在しているというそのことを知る。 しかしそれは、存在が存在するという同語反復に過ぎない。 「このようになっているということは、このようになっているよ…

わたしは目指す

わたしは、だれも知らない場所を目指す。わたしは、わたしも知らない場所を目指す。たどり着く保証もないその場所へ歩み得る者は、わたしだけだから。 星の数ほどの同胞がいたとしても、彼らの歩んだ道は、わたしの道ではない。彼らのたどり着いた場所は、わ…

光は影を生み、影は光を受胎する

kyodatsu.hatenablog.com 書くことによって、漠とした何かが形をとり始め、表現へともたらされる。書くという行為によって、漠とした何かは、諸要素が互いに関連付けられ、整理される。書くという過程において生成した言葉は、玉石のように懐にしまい、取り…

「~は…である」を使って考えよう 『TAEによる文章表現ワークブック』

kyodatsu.hatenablog.com 得丸さと子さんの『TAEによる文章表現ワークブック』(ステップ21)をもとに書きました。 A:formの生成 B:滑らかなすべり C:玉石の持ち運び A=B:formの生成は、思考をなめらかな滑りとさせformにそわせるものである …

書くことは玉石の結露。

文章を書くとは、いまだ言葉にならざる何かを、系統だち整った形へと仕立てる作業である。以前は、はっきりせず、つかみどころのなかったとある感覚が、カタチあるものへと精錬・形成され、言葉の表現へともたらされたならば、その過程において理解は滑らか…

得丸さと子先生『TAEによる文章表現ワークブック』と倫理的な言葉。「クリームのひかりをはなつ軟膏」

『TAEによる文章表現ワークブック』

なぜ自殺で楽になるのか(4)

kyodatsu.hatenablog.com kyodatsu.hatenablog.com kyodatsu.hatenablog.com A「いやいや、絶対的な無だろうと部分的な無だろうとなんであれ、少なくとも、借金の取り立てがないことは確かなのだから、いま楽になる。それで別段説明として問題はありません…

内的な沈黙

音声として言葉を外に発さない時でも、こころのなかに、想念を巡らせているなら、内面的には沈黙してはいない。電車に揺られ、見知らぬ他者の間にいて、口を閉ざしていても、悩みや不満に囚われている時、心の中には、様々なイメージや、言葉が去来している…