ケアすること・意味・報酬

先ほど、メイヤロフの『ケアの本質』を読み終わった。

いくつかの言葉がこころに印象を残している。

 

「私と補充関係にある対象を見い出し、その成長をたすけていくことをとおして、私は自己の生の意味を発見し創造していく。そして補充関係にある対象をケアすることにおいて、”場の中にいる”ことにおいて、私は私の生の意味を十分に生きる(「生きる」は原文傍点)のである。」ミルトン・メイヤロフ『ケアの本質』ゆみる出版、p.132

 

ケアするとは、「何かが成長(自己実現)しようとするのを手助けする」ということ。そして人はケアにおいて、生の意味を生きるという。しかし重要なことだが、自分の人生の意味のために、ケアをするのではないとも言われる。

 

「私たちは自己実現したいがために他者をケアするのではなくて、他者をケアしていくことが、とりもなおさず私たちが自己実現していくことになるのである。」同上、p.215

 

メイヤロフに言わせれば、ケアすることがすなわち、自己実現していくことであり、生の意味を十分に生きることである。両者は別物ではない。

 

さて、ここで思い出したのは、アーヴィン・D・ヤーロムの次の文章である。(グループセラピーの療法的因子のひとつとされる「愛他主義」について論じられている箇所からの引用)

 

「もう一つ、愛他主義的行為に本来的に備わっている、さらに微妙な点がある。自分の人生の無意味さを嘆く患者の多くが、病的な自己没入に耽っており、そして強迫的な自己分析や自己実現のための歯ぎしりするような努力をしている。私は、ヴィクター・フランクル(Victor Frankl)の、人生の意味は結果として生じるものであり、意図的、自覚的に追及できるものではない、という論に賛成する。すなわちそれは、常に派生的な現象であって、私たちが自分自身を超越し、我を忘れて自己の外部の他者(ないし何か)に没入するときに実現するものなのである。」ヤーロム『グループサイコセラピー』西村書店、p.19


つまり、「生の意味」は、意図して手に入れられるものではなく、あくまで結果として派生的に実現するものであると言うのである。生の意味の獲得を目的として追及することでは、決してそれを得ることはできず、自己を忘れ何かに没入する時かえってそれが現れるということは、「微妙」ではあるが、決定的な人生上の逆説だろう。

 

メイヤロフとヤーロムに共通する論点は、「ケア/愛他主義的行動」は、「自己実現すること/生の意味」と強い関連を持っているが、前者は後者を「目当て」(目的)としてなされるのではない、ということだろう。すなわち「ケアすること」と「自己実現(生の意味)の間に、「手段-目的」の関係はない。

 

メイヤロフなら、他者をケアすることを手段とし、わたしの自己実現(人生の意味)を目的とするところに、そもそも他者のケアは成立しない、と考えるのではないだろうか。ケアすることは、他者の存在そのものの価値を感得しつつ行われるものだから、他者を自己の満足の手段として従属的な関係の下に置くことは、ケアではない、と。(もちろん、「わたしは自身の満足のために、クライエントさんとの関係を利用しています!」と宣言する人は少なく、「利用者さんのために」と言っておきながら、内心では(利用者や関係者からの)評価・承認を得ることに必死(あるいは批判を浴びないことに必死)ということに無自覚というのが、実際には近いのだろうけれども。)

 

また、ヤーロムの論理で言うなら、人生の意味・自己実現への「歯ぎしりするような努力」は、かえってそれから自らを遠ざけることになるだろう。これは、眠れぬ夜、眠ろう眠ろうと思うほど目がさえて眠りから遠ざかることや、瞑想で考え事をやめようとするほど雑念に心を乱される(というか、「考え事をやめよう」と思うこと自体がすでにひとつの考えの発生である)というパターンと似ている。意味を求めてケアする者は、かえってこれを得ない。

 

ところで、昨日の引用文のツイートが多くの人に読まれているようで、とても驚いている。向谷知先生の言葉、多くの人に響くものがあるのだろうか。

 

 

援助関係において、援助者が自らの満足のために「報酬」をそこに期待したくなる誘惑が、存在する。あるいは、自らの存在の意義をそこに求めたくなる誘惑もまた、ある。リッチモンドが言うように、「豊かな報い」を体験することもある。体験すれば、期待したくなる気持ちも生れるのも人情である気もするが。 

「ソーシャル・ワーカーたちの職業は骨の折れるものであるが、しかし各人は適切な最高の知的緊張を覚えさせられるし、一方では生活の人間的な面に接触して暖かい、絶えることのない、豊かな報いを受けているのである」メアリー・リッチモンド(小松源助訳)『ソーシャルケースワークとは何か』中央法規、p,153 

しかし、援助関係に援助者個人の人生の根本的な満足をもたらしてくれる何らかの「報酬」を期待することのはらむ問題については、上述のように、ヤーロムとメイヤロフを、一定の示唆を与えるものとして、読むことができるだろう。

 

他方で、おそらく、このような「豊かな報い」それ自体の享受を、辞退するべきだ、ということではない。結果として得られた「報酬」は執着せずに有難く享受して済ませればよい。心理的報酬それ自体を辞退することが「わきまえ」「たしなみ」だとするならば、利用者やその関係者に叱られた時、「しょげること」「おちこむこと」「かなしむこと」「逆に腹が立つこと」といった負の心理的報酬も「辞退します」と宣言すべきだということになる(そうできたら、愉快である)。言われているのはそういうことではないだろう。辞退する必要があるのは、援助実践という仕事に「生きがい」「よりどころ」「生きる力の源泉」を求めてしまうことである。「報酬それ自体の辞退」と「報酬をそこに求めることの辞退・よりどころにしてしまうことの辞退」の区別(わきまえ)も、微妙だが、大きな違いのように思われる。メイヤロフを参考にすると、たぶんこういうことである。「ケアすること(仕事)の上に生きる意味を求めているのではないからこそ、ケアの対象に寄生的に依存することなく自立した援助者として相手をケアすることが可能となるのであり、逆説的に、それは人生の意味を直接生きることに等しい」。

 

 

そこに観るのは、「自己の歩み」ではなく、「自己である歩み」である

昨晩、過去に書いた日記を読み返す作業をしていた。気がつくと年が明け、3時になっていた。

 

日記と言うものを書き始めたのは中学3年の時からで、以来、思いついた時に断続的に書きつづけている。折に触れて読み返すと、その幼稚さに苦笑したり、逆に思わぬ「名言」に心動かされることもある。日記はある意味、自己の影を映す鏡であるが、そこで見出される自己像は、それを読んでいるたった今の「わたし」のものであると思えない、つまり、これを書いた「その人」が、本当に「自分」であるととても思えないようなものもある。

 

今回、とくにそう感じたのは、日記を書き始めた、中学時代のものだった。恥ずかしくなるようなものばかりだから、自分のものと認めたくないという気持ちもないではないが、それだけでなく印象的なのは、当時の文面を飾るのが、どれもこれも、借り物の言葉ばかりということ。当時好んで読んでいた、漫画。ラジオ。学校での周囲のクラスメイトの話し方。そうしたものの模倣と思われる言い回しばかり。だからこれは、わたしの言葉ではない、と今読んで思ってしまう。何か、そうした外部に存在する格好の言いもの、を寄せ集めて自己を構成・表現しようとしている、とでも言うべきか。一言で言うと、虚飾なのだが、その言葉はわたしのものではない、それゆえに当時の文章を読んでも、これは自分が書いたとは思えない…というような言葉の持つ温度や感触といった肌触りの違い(あるいは体臭の違い)があまりにも今と大きい。

 


と書きつつ、「しかし今、こうして書いている文章でさえ、実は自分以外の誰かの言葉の模倣に過ぎないのではないか」という問いが生じる。好んで用いる言い回し、文章のリズム、構成。これらは、すべて私が過去に接した他者の声(耳で聞いた、目で読んだ)の模倣的な反復に過ぎないのではないか。すなわち、わたしの精神を構成するのは、他者から借用された、無数の声に過ぎないのではないか。そうであるとするならば、今こうして書いている文章も、中学時代の文章も、「借り物」である点に関して違いは無いことになる。

 

わたしは、わたしという存在を、無数の声が去来する舞台のように表象することができる。わたしとは、「言場」であると以前考えたこともある。「言葉」はわたしの所有物ではない。言葉は来たり、去る。わたしが言葉をつむぐそこに、なんらのオリジナリティ、あるいは創造性と言うものが存在するのか、はなはだ疑わしい。言場としてのわたしは、意味を創出する泉であるのか。それともそこは、言葉が流れが去来する単なるため池に過ぎないのか。

 

たしかに、言葉は、他者から借用する。意識せずとも、それは模倣の側面を持つ。しかし、反復する際、「語りなおす」という働きがある。語りなおすのは、新しい行為である。わたしは無限に言葉が反響する虚ろな空間、言葉を備蓄するため池ではない。意味は、わたしという言場において、混成される。ある言葉はある言葉に香りをつけ、新しい芳香を漂わせる。そこに漂う「意味香」の磁場は、それが微かではあってもこれまでにない作用をもたらす。言葉は「借り物」であっても、その古い言葉を新しく使うことができる。そこに「模倣」とは違う、「生成」という現象はある。そしてその「生成」の仕方の固有性に、それを行う精神の「体臭」を我々は感じるのである。また書き手の喜びは、この「生成」への関与にあることは、体験的な事実でもある。わたしの声は単なる無機的な他者の声の反響ではない。わたしは無数の声が去来・反復する場であると同時に、意味を創出する泉でもある。したがって上でたてた問い(言場としてのわたしは、意味を創出する泉であるのか。それともそこは、言葉が流れが去来する単なるため池に過ぎないのか)に対する答えは、両方である、というものになるだろう。

 

このように考えるならば、日記を読み返す作業の中で、「私の書いたもの」と「私が書いたと思えないもの」を区別するのは、それがたんなる模倣であるか、体臭のこもった生成であるか、を嗅ぎわける嗅覚だ、と言うこともできる。そして、生成には、生成された内容が、例え今生成し得る内容と異なるものであったとしても、そこには、同じわたしの匂いのようなものがある。わたしがかつて悩んでいた悩み、それはもはや問題ではなくなり、現在は、まったく異なった見解をもっていたとしても、その悩みが他者からの「借り物」ではなく、わたしのものとして生成的に表現されていたならば、今それを読んでそれはたしかにわたしのものとして感じれられる、ということである。つまり、ジェンドリンの言い方を借りるなら、これは「変化-内-継続」を特徴とする「推進」の歩みをそこに見ることができる、というそのことだ。そこに観るのは、「自己の歩み」ではなく、「自己である歩み」である。あぁ、その歩みの不思議なこと。

 

 

ほんとうに読みたい文章を求めて

今日久々に、テナーサックスの演奏をした。

 

3年間ほど、文字通り誇張でなく、Stan Getzを聴かない日は無い時期があった。
でも、今はほぼ、Getzを聴かない。というか音楽そのものをあまり聴かない。

 

今日たまたま気まぐれに、テナーを吹いて、こうして演奏するのは、この世に、自分の聴きたい音楽が存在しないからでないか、と思った。Getzでさえ、そのような音楽でない。だから、本当に聴きたい音楽を聴くために、自ら演奏するのだ、と。聴きたい音楽の奏でられる瞬間が与えられる日は幸いである。

 

文章を書くのも、実のところ、同じ理由による。そして、そのほとんどが失敗に終わるのだが。そういう時、文は、呻きのように書かれ、紙くずを噛むように読まれる。この文がそうであるように。

夢は与えられるものなのか

街頭募金を行っている団体を見た。こどものための募金を行う団体らしく、「こどもたちに夢を与えてください」と呼びかけていた。わたしは、近くのベンチに腰掛けて、昼食のドーナツを食べていた。秋のひろい青空、ひんやりとした風に、木々のいろづいた葉はきらきらと手を振るようだった。

 

 

 

わたしはことばに過敏な方なので(少なくとも自分の関心のある領域と重なりを持つ部分に関しては)、募金を行っている人々の声をきき、ある種のみじめっぽさを感じた。

 

「人に与えられる夢なんて、奪われるのも簡単だろうに」

「夢が他者に与えられるようなものならば、容易に奪われもする」

「そんな精神の不自由を許してしまってよいのか」

 

夢は、たとえ外的状況がどんなだったとしても描き得る。そこに人間の主体性、創造性がある。精神の自由がある。希望を持つという精神の高貴な能力がある。

 

夢は他者から与えられるものではなく、自ら描くものである。

 

無論、夢を実現させる上には、現実的な制約がある。社会的な抑圧や、機会の不平等も今の社会では大きいだろう。学びたい何かがあり、教育を受けたくて、学費をぽんと出してくれる親のいる子もいれば、奨学金を借り返済する責を負って学ばねばならない子もいれば、あきらめざるを得ない子もいるだろう。募金を呼び掛けているのはそれゆえだろう。

 

しかし、募金によって与えられるのは、夢それ自体ではない。間違えてはならない。与えられるのは夢を実現させるための条件(活用可能な資源・手段・チャンスなど)である。

 

先ほど、「みじめっぽさを感じた」と書いた。いまはもうすこし、その意味を正確に表現できる気がする。

 

「夢を与えてもらわなければならない立場に、自分があるとみなされていると想像すると、わたしはとてもみじめな気持ちになる。夢を見る存在として、尊重されていないように感じる。『夢を与える』と言われると、自分の未来を他者に決定され、従属させられているような、またそうされねば救いようのない存在と見なされているような、みじめな気持ちになる。端的に、与えられなければ夢のない人と見なされることが、みじめである。経済的に豊かでないことは事実として受け容れるが、しかし精神まで貧しい無力なものと前提されているようで、みじめである」

 

だから、「こどもたちに夢を与えてください」ではなく、「こどもたちが夢を実現する、その応援をして下さい」。わたしがそのこどもだったら、このように言ってほしい。

 

とここまで考えつつしかし、夢を与えられなければ、持つことすらできない、そのようなこどももいるのではないかと思い馳せる。そういうこどもは、たとえばスポーツ選手の活躍をみて、「夢を与えられる」必要があるのではないか。それほどまでに、傷つき、可能性を実現させていく芽をつぶされたこどももいるのではないか。「人に与えられる夢なんて、奪われるのも簡単だろうに」などと言ったが、それは高踏的であったのではないか。容易に奪われ、くじかれてしまうのが、夢なのではないだろうか。そして世にはそのような暴力があふれているのでないか。そういうこどもにやはり夢は与えてやらねばならないのではないか。

 

いやそれでも、たとえ「与えてやらねばならない」のだったとしても、他者が相手に夢を与えてやることなど、原理的に不可能である。「スポーツ選手になること、これがあなたの夢です」と他者に与えられた「夢」。それは、ほんとうに、「夢」と言えるのか。いや、言えない。夢は自らがそれを望むのでなければならない。たとえ他者に夢が与えられたとしても、当人がそれを自らの夢として望むのでなければ、それは夢とならない。人には、何かを望む力がある。そして、何かを望まない力もある。それ故に、他者が、ある夢を夢として与えることはできない。夢は、それを当人が望み、描いて夢となるからである。

 

他者ができる最大のことは、夢を描く力、希望を持つ力を、喚起することあるいは触発することである。それは、力を「与える」こととは違う。種が水を吸い、発芽する時、水が、種に芽を与えたのではない。種には芽を発する力がある。水や土や周囲の暖かさは、種を触発し、芽生えを喚起したにすぎない。

 

だからやはり、「こどもたちに夢を与えてください」ではなく、「こどもたちが夢を実現する、その応援をして下さい」。わたしがそのこどもだったら、このように言ってほしい。わたしは細かいことにこだわっているのだろうか。

生きられる時間

見田宗介社会学入門 人間と社会の未来』(岩波現代新書)で、ペルー人の「時間」認識、いやおそらく認識以前に、彼らにとってすでにそうであるような「時間」感覚とでもいうようなものについて、語られている。それは、「近代」的な、時間感覚と対称を成すものである。すなわち、「生きられる時間」。

たとえば、バスを待つような時間(ペルーの田舎では本数が午前午後それぞれ一本ずつくらいしかない)。ペルーであれば、こちらが日本人なら、「フジモリ大統領に似ているとか似ていないとかいう話題で、すぐにみんなで盛り上がってしまう。バスを待つ時には待つという時間を楽しんでしまう。時間を「使う」とか「費やす」とか「無駄にする」とか、お金と同じ動詞を使って考えるという習慣は「近代」の精神で("Time is money"!)、彼らにとって時間は基本的に「生きる」ものです」(p.32)

 

「時間は金である」というメタファーによって、見田の言うように、時間は「使う」もの「費やす」もの、「無駄にする」ものであるというような理解が生ずる。他には、「計算可能なもの」「何かと交換し得るもの」「それ自体に価値はないもの(何かと交換し得ることによってのみ価値がある)」という意味もそこに見ることができるだろう。

 

「近代」の精神では、バスの待ち時間は、それ自体に意味は無く、無駄である。待ち時間は、バスが来て、目的地に到着して何かを達成するという目的のための、手段でしかなく、それ自体に意義のない時間。未来に達成される目的に媒介されて、ようやく意味を持つ。無駄は無い方がよい。それゆえに、スケジュール管理が必要となる。また、場合によっては、それが勤務時間内であるならば、給料に見合った仕事を、待ち時間であったとしても、しなければならない、という発想とも連結するだろう。その際為すべきことは、取引相手との電話であるかもしれないし、タブレットPCによる、何らかの文書の作成であるかもしれないが、ともあれ効率的に「使われ」ねばならないものと、時間はみなされる。そうしなければ、時間を「無駄にしている」と叱責に対象になってしまう。時は金なりというメタファーは、例えば、そのような時間理解をもたらす。

 

「時は金なり」というメタファーを、まさにそのままの姿で描き出した物語が、エンデの『モモ』であるという言い方をすることもできるだろう。「時間貯蓄銀行」の灰色の男たちは、時間を「葉巻」という存在へと、計算可能で消費し得る何かへと物象化している。無論、それも時間の在る側面を示す真理ではあるだろう。だから、「遅いほど早い」という時間についての、別種の真理を語ったカシオペイアも、時によっては、「ジカンヲ ムダニシテイル!」とモモに警告したのである。

 

「時間は、金なり」。エンデは対して、こう語る。「なぜなら、時間とはいのちである故に。そして、いのちは心の中に住まうのだ」(大島かおり訳では「時間とはすなわち生活だからです」)。時間とは、いのちである。

 

いのちである時間、生きられる時間。別著で見田は、次のように述べているが、これはまさに、「生きられる時間」の別表現であるのではないだろうか。

「他者や自然との〈交歓〉という単純な祝福を感受する能力の獲得をとおして、〈現在〉の生が、意味に飢えた目を未来にさしむける必要もなく充実してある」(見田宗介現代社会はどこに向かうか――高原の見晴らしを切り開くこと』岩波現代新書、p,99)

 

時間を十全に生きるためには、我々は、ある種の能力、〈幸福感受能力〉を獲得せねばならないという指摘の意味は大きい(ペルー人にはおそらく不要なのかもしれないが)。そのことに関連して、「近代」において形成された、「時は金なり」という時間パラダイムの行き詰まりを越えて進んでいく現代において、近年ヨーガやマインドフルネスが、医療、福祉、ビジネスなどさまざまな領域で注目されている事実を、どのように位置づけることができるだろうか。あくまで、「時は金なり」のパラダイムの延長線上に、効率性を極化させ実現させる、健康管理・能力開発のための手段として、それらが利用される可能性も想定し得る。しかし、他方で、「他者や自然との〈交歓〉という単純な祝福を感受する能力の獲得をとおして、〈現在〉の生が、意味に飢えた目を未来にさしむける必要もなく充実してある」という方向へ、人々の実存を転換していく、生の具体的作法(様式)を教えるものであるようにも、わたしには思われる。そのような意味で、ヨーガやマインドフルネスは、幸福感受能力の獲得と言う、時代的なニーズや課題に相応して、発展しつつある、現代的な意味を担った勢力として位置付けることもできるのではないか。

 

時間が、計られると同時に、生きられるものとして認識されるようになるとき、社会はどのように変容を遂げて行くのだろうか。それは単に外的な社会的条件の変革であるばかりでなく、個人ひとりひとりの内的変革を伴うものでなくてはならない。というか、それ以外ではありえない。われわれはおそらく、そのさなかにある。

  

震災日記 9月20日

 

kyodatsu.hatenablog.com

 

 

9月20日

 

北海道での大きな地震から二週間経つ。そろそろ言語化できるのではないかと考えつつ筆が進まないでいた。

 

振り返ると、今回の地震はさほどの人生上のゆれを与えなかったとも言える。滅多なことでは起こらないワクワクした大イベントの思い出へと、もはやなりつつある。と言いつつ、大きな地震は再度起こらぬ保証は無い。そのように考えるならば、浮かび上がるのは恐怖や不安と言うよりも、生の不可解性である。今ここにあるという「そのこと」、それを指して「生きている」と言うのならば、そのリアリティが浮かび上がり、一つの形なき疑問符へと化す。

 

死なくして生のリアリティは無い。生が当然となり、生の中の具体的何か(例えば職場の人間関係)が問題となる時、生は自明の前提となって背景に沈み、主題的に問われることは無い。大して今回の地震のように死の可能性が意識によぎる時、生そのものの不可解性が主題的に立ち現れる。「これ何ものぞ?」

 

震災によって一時的に物資が不足し、ライフラインが途絶えた時実感したのは、自分たちの生活の相互依存性でもあった。わたしは米粒一つ自ら生み出すことができない。農家の生産者、運ぶ人、売る人がいて初めて手元に届く。知らずの内に自分の生活のほぼすべてがいかに他者に依存しているか。他者からの恩恵を大いに受けているか。そういった、社会的な相互依存性とでも言うべきものを、実感した。健康な時にはそれを知らなくても、からだの一部が病んだり傷を負った時、はじめてこれまでそれが健康に機能していたことをしるようなものだろう。あの状況の中、混雑する客たちにいつも通り淡々とものを売ってくれたコンビニのアルバイトのお兄ちゃん・お姉ちゃんにはどれだけ感謝したことか。

 

他方で、また、私たちの生活が地面の上で成り立っていることを知りもした。わたしは社会の(人と人との関係性の)網目の中にある。そしてまた人間たちの暮らす社会は地面の上に在る。あるいはゆれない地面に依存して在る。そんなことも地面がゆれなければわからない。地面がゆれるのは人間のしたことではないが、地面が揺れないで存在するのも、人間のすることではない。地面がゆれずに在り続けているのは、別に北電のおかげでも、国のおかげでもない。そして私たちの生活はゆれないでいてくれる地面にただ全面的に依存している。

 

言うまでもないことを言ったところでどうという訳ではないが、その事実を深く知る時自ずと生じてくる感動というものがあるのも確かだろう。私たちの全生活がいくら便利で快適になり、周囲の環境を幾分コントロールできるようになったとしても、その生活全体が丸ごと根柢から支えてくれるものが、全く我々の力の及ばぬものであると知る時、そこに私が感じるのは一種の驚きである。

 

天災とは、人間の世への人間の世をこえたところからの、ある種の介入である。その介入をどのように理解し、どのように人生上に位置づけ、反応するかは人様々であるだろう。わたしにとって、地震はそれ自体、神秘の言葉に近く、心身に作用している。

 

生そのもの。「一体これは何か」。この問いを解体するならば、「私がある」とはどういうことか。あるいは、こうして世界が現前している(present)とはどういうことか。わたしは生きようと思って生きているのではない。生きようと「思う」ことは、いつも既に生きているが故に可能な事象である。生きようと思う時、生きているという事態はすでに成立してしまっている。とするならば、生きているという事態は何なのか。わたしは生きようと思っているから生きているのではないとするならば、生きようとしている、そして現に生きているのは一体何なのか。「そうしよう」としたからではなく、成立して作動し続けているこの生は一体何なのか。いや、「何なのか」という問いですら無い。「それ」に直面する時、「驚き」というか「不可解」の感情が胸に漂う。

ジブリヒロイン覚書 『かぐや姫の物語』を見て

かぐや姫の物語』を見た。
ジブリアニメの女性キャラクターの特徴と言っていいのだろうか。主人公の「かぐや姫(たけのこ)」にも、独特の魅力がある。
その魅力には、他のジブリ作品で描かれる人物たちと、どこか似たところを感じる。

 

以下、思いつくまま。試みにいくつかの要素に分解してみたもの。

1)人間的な弱さや過ち、不安定さをフルに生きているということ。
彼女たちは感情的で、よく泣き、怒り、よく笑う。
失敗して自分を責める。人の痛みにとても繊細であり強く揺さぶられる。
など。利害の計算を指針とするよりも、十全に燃えるよう行動しているように見える。

2)叡智。超個人性。媒介としてあること。
その一方では、神秘的な面持ちで沈黙する。また叡智と決然とした態度をもって人々に向って語りかける。
その語りは語っている個人を超えた何かの代弁をしているかのようでもある。超個人的なメッセージ。
人間的限界をもちつつ、異他的な何かと人間の媒介としても存在している(人間と月の世界の媒介。人間と自然の。人間と蟲の。大人とトトロの)

 3)勇気と普遍的なやさしさ。
勇敢に戦い、かつ弱い者にやさしい。世俗的な慣習や身分の貴賎にとらわれることがなく、人間だけでなく動植物をいとおしむ。

4)矛盾。
1~3の矛盾した側面を、矛盾そのままを生命的に(十全に・フルに)生きているということ。
人間的不安定さの中に、情動も叡智も弱さも勇気も超個人性もふくまれ、そっくり矛盾したまま生き切られるということ。

 

例示

ナウシカは、1~4のすべてがある。
・シータは、比較的おしとやか(姫様たちの中では姫様的)で、感情的な激しさはないが、飛行機の窓を渡って逃げようとしたり、ムスカラピュタの文明にとりつかれる愚かさをムスカに説くなど、2や3。汚い調理場で腕まくりするのもある種の勇敢さだろう。
千尋は、たとえば肥大化したカオナシと一対一で正座して対峙する場面は、2と3を見ることができる。異なるものへの決然とした態度と同時にある種のやさしさを持っている。また、湯屋カオナシを媒介しているとも言える。
紅の豚のフィオは、1の情動的率直さ、職人気質や飛行機乗りたちに説教する姿などは3的。
・キキは。物語の最後、トンボを助けるのは、ヒーロー的(3)。乗っているのがデッキブラシであり、たんなるヒーローでないところがよい。
・『トトロ』のメイちゃんですら、病気の母のためトウモコロシを両手で抱え無言で走る姿には、使命を帯びた人間の意志性を感じる。(=3)

 

上記4つの要素などに、無論キャラクターたちの魅力は還元できるものではない。
むしろ、いくつかの要素(属性)によって構成される、いわゆる「キャラ」的な単純さの際立ち(「○○キャラ」等と規定されてしまうような)にではなく、こうした矛盾を含む複雑な、ある意味捉えどころのないところに、生き生きとしたジブリのヒロインたちの魅力を感じる。