ほんとうに読みたい文章を求めて

今日久々に、テナーサックスの演奏をした。

 

3年間ほど、文字通り誇張でなく、Stan Getzを聴かない日は無い時期があった。
でも、今はほぼ、Getzを聴かない。というか音楽そのものをあまり聴かない。

 

今日たまたま気まぐれに、テナーを吹いて、こうして演奏するのは、この世に、自分の聴きたい音楽が存在しないからでないか、と思った。Getzでさえ、そのような音楽でない。だから、本当に聴きたい音楽を聴くために、自ら演奏するのだ、と。聴きたい音楽の奏でられる瞬間が与えられる日は幸いである。

 

文章を書くのも、実のところ、同じ理由による。そして、そのほとんどが失敗に終わるのだが。そういう時、文は、呻きのように書かれ、紙くずを噛むように読まれる。この文がそうであるように。

夢は与えられるものなのか

街頭募金を行っている団体を見た。こどものための募金を行う団体らしく、「こどもたちに夢を与えてください」と呼びかけていた。わたしは、近くのベンチに腰掛けて、昼食のドーナツを食べていた。秋のひろい青空、ひんやりとした風に、木々のいろづいた葉はきらきらと手を振るようだった。

 

 

 

わたしはことばに過敏な方なので(少なくとも自分の関心のある領域と重なりを持つ部分に関しては)、募金を行っている人々の声をきき、ある種のみじめっぽさを感じた。

 

「人に与えられる夢なんて、奪われるのも簡単だろうに」

「夢が他者に与えられるようなものならば、容易に奪われもする」

「そんな精神の不自由を許してしまってよいのか」

 

夢は、たとえ外的状況がどんなだったとしても描き得る。そこに人間の主体性、創造性がある。精神の自由がある。希望を持つという精神の高貴な能力がある。

 

夢は他者から与えられるものではなく、自ら描くものである。

 

無論、夢を実現させる上には、現実的な制約がある。社会的な抑圧や、機会の不平等も今の社会では大きいだろう。学びたい何かがあり、教育を受けたくて、学費をぽんと出してくれる親のいる子もいれば、奨学金を借り返済する責を負って学ばねばならない子もいれば、あきらめざるを得ない子もいるだろう。募金を呼び掛けているのはそれゆえだろう。

 

しかし、募金によって与えられるのは、夢それ自体ではない。間違えてはならない。与えられるのは夢を実現させるための条件(活用可能な資源・手段・チャンスなど)である。

 

先ほど、「みじめっぽさを感じた」と書いた。いまはもうすこし、その意味を正確に表現できる気がする。

 

「夢を与えてもらわなければならない立場に、自分があるとみなされていると想像すると、わたしはとてもみじめな気持ちになる。夢を見る存在として、尊重されていないように感じる。『夢を与える』と言われると、自分の未来を他者に決定され、従属させられているような、またそうされねば救いようのない存在と見なされているような、みじめな気持ちになる。端的に、与えられなければ夢のない人と見なされることが、みじめである。経済的に豊かでないことは事実として受け容れるが、しかし精神まで貧しい無力なものと前提されているようで、みじめである」

 

だから、「こどもたちに夢を与えてください」ではなく、「こどもたちが夢を実現する、その応援をして下さい」。わたしがそのこどもだったら、このように言ってほしい。

 

とここまで考えつつしかし、夢を与えられなければ、持つことすらできない、そのようなこどももいるのではないかと思い馳せる。そういうこどもは、たとえばスポーツ選手の活躍をみて、「夢を与えられる」必要があるのではないか。それほどまでに、傷つき、可能性を実現させていく芽をつぶされたこどももいるのではないか。「人に与えられる夢なんて、奪われるのも簡単だろうに」などと言ったが、それは高踏的であったのではないか。容易に奪われ、くじかれてしまうのが、夢なのではないだろうか。そして世にはそのような暴力があふれているのでないか。そういうこどもにやはり夢は与えてやらねばならないのではないか。

 

いやそれでも、たとえ「与えてやらねばならない」のだったとしても、他者が相手に夢を与えてやることなど、原理的に不可能である。「スポーツ選手になること、これがあなたの夢です」と他者に与えられた「夢」。それは、ほんとうに、「夢」と言えるのか。いや、言えない。夢は自らがそれを望むのでなければならない。たとえ他者に夢が与えられたとしても、当人がそれを自らの夢として望むのでなければ、それは夢とならない。人には、何かを望む力がある。そして、何かを望まない力もある。それ故に、他者が、ある夢を夢として与えることはできない。夢は、それを当人が望み、描いて夢となるからである。

 

他者ができる最大のことは、夢を描く力、希望を持つ力を、喚起することあるいは触発することである。それは、力を「与える」こととは違う。種が水を吸い、発芽する時、水が、種に芽を与えたのではない。種には芽を発する力がある。水や土や周囲の暖かさは、種を触発し、芽生えを喚起したにすぎない。

 

だからやはり、「こどもたちに夢を与えてください」ではなく、「こどもたちが夢を実現する、その応援をして下さい」。わたしがそのこどもだったら、このように言ってほしい。わたしは細かいことにこだわっているのだろうか。

生きられる時間

見田宗介社会学入門 人間と社会の未来』(岩波現代新書)で、ペルー人の「時間」認識、いやおそらく認識以前に、彼らにとってすでにそうであるような「時間」感覚とでもいうようなものについて、語られている。それは、「近代」的な、時間感覚と対称を成すものである。すなわち、「生きられる時間」。

たとえば、バスを待つような時間(ペルーの田舎では本数が午前午後それぞれ一本ずつくらいしかない)。ペルーであれば、こちらが日本人なら、「フジモリ大統領に似ているとか似ていないとかいう話題で、すぐにみんなで盛り上がってしまう。バスを待つ時には待つという時間を楽しんでしまう。時間を「使う」とか「費やす」とか「無駄にする」とか、お金と同じ動詞を使って考えるという習慣は「近代」の精神で("Time is money"!)、彼らにとって時間は基本的に「生きる」ものです」(p.32)

 

「時間は金である」というメタファーによって、見田の言うように、時間は「使う」もの「費やす」もの、「無駄にする」ものであるというような理解が生ずる。他には、「計算可能なもの」「何かと交換し得るもの」「それ自体に価値はないもの(何かと交換し得ることによってのみ価値がある)」という意味もそこに見ることができるだろう。

 

「近代」の精神では、バスの待ち時間は、それ自体に意味は無く、無駄である。待ち時間は、バスが来て、目的地に到着して何かを達成するという目的のための、手段でしかなく、それ自体に意義のない時間。未来に達成される目的に媒介されて、ようやく意味を持つ。無駄は無い方がよい。それゆえに、スケジュール管理が必要となる。また、場合によっては、それが勤務時間内であるならば、給料に見合った仕事を、待ち時間であったとしても、しなければならない、という発想とも連結するだろう。その際為すべきことは、取引相手との電話であるかもしれないし、タブレットPCによる、何らかの文書の作成であるかもしれないが、ともあれ効率的に「使われ」ねばならないものと、時間はみなされる。そうしなければ、時間を「無駄にしている」と叱責に対象になってしまう。時は金なりというメタファーは、例えば、そのような時間理解をもたらす。

 

「時は金なり」というメタファーを、まさにそのままの姿で描き出した物語が、エンデの『モモ』であるという言い方をすることもできるだろう。「時間貯蓄銀行」の灰色の男たちは、時間を「葉巻」という存在へと、計算可能で消費し得る何かへと物象化している。無論、それも時間の在る側面を示す真理ではあるだろう。だから、「遅いほど早い」という時間についての、別種の真理を語ったカシオペイアも、時によっては、「ジカンヲ ムダニシテイル!」とモモに警告したのである。

 

「時間は、金なり」。エンデは対して、こう語る。「なぜなら、時間とはいのちである故に。そして、いのちは心の中に住まうのだ」(大島かおり訳では「時間とはすなわち生活だからです」)。時間とは、いのちである。

 

いのちである時間、生きられる時間。別著で見田は、次のように述べているが、これはまさに、「生きられる時間」の別表現であるのではないだろうか。

「他者や自然との〈交歓〉という単純な祝福を感受する能力の獲得をとおして、〈現在〉の生が、意味に飢えた目を未来にさしむける必要もなく充実してある」(見田宗介現代社会はどこに向かうか――高原の見晴らしを切り開くこと』岩波現代新書、p,99)

 

時間を十全に生きるためには、我々は、ある種の能力、〈幸福感受能力〉を獲得せねばならないという指摘の意味は大きい(ペルー人にはおそらく不要なのかもしれないが)。そのことに関連して、「近代」において形成された、「時は金なり」という時間パラダイムの行き詰まりを越えて進んでいく現代において、近年ヨーガやマインドフルネスが、医療、福祉、ビジネスなどさまざまな領域で注目されている事実を、どのように位置づけることができるだろうか。あくまで、「時は金なり」のパラダイムの延長線上に、効率性を極化させ実現させる、健康管理・能力開発のための手段として、それらが利用される可能性も想定し得る。しかし、他方で、「他者や自然との〈交歓〉という単純な祝福を感受する能力の獲得をとおして、〈現在〉の生が、意味に飢えた目を未来にさしむける必要もなく充実してある」という方向へ、人々の実存を転換していく、生の具体的作法(様式)を教えるものであるようにも、わたしには思われる。そのような意味で、ヨーガやマインドフルネスは、幸福感受能力の獲得と言う、時代的なニーズや課題に相応して、発展しつつある、現代的な意味を担った勢力として位置付けることもできるのではないか。

 

時間が、計られると同時に、生きられるものとして認識されるようになるとき、社会はどのように変容を遂げて行くのだろうか。それは単に外的な社会的条件の変革であるばかりでなく、個人ひとりひとりの内的変革を伴うものでなくてはならない。というか、それ以外ではありえない。われわれはおそらく、そのさなかにある。

  

震災日記 9月20日

 

kyodatsu.hatenablog.com

 

 

9月20日

 

北海道での大きな地震から二週間経つ。そろそろ言語化できるのではないかと考えつつ筆が進まないでいた。

 

振り返ると、今回の地震はさほどの人生上のゆれを与えなかったとも言える。滅多なことでは起こらないワクワクした大イベントの思い出へと、もはやなりつつある。と言いつつ、大きな地震は再度起こらぬ保証は無い。そのように考えるならば、浮かび上がるのは恐怖や不安と言うよりも、生の不可解性である。今ここにあるという「そのこと」、それを指して「生きている」と言うのならば、そのリアリティが浮かび上がり、一つの形なき疑問符へと化す。

 

死なくして生のリアリティは無い。生が当然となり、生の中の具体的何か(例えば職場の人間関係)が問題となる時、生は自明の前提となって背景に沈み、主題的に問われることは無い。大して今回の地震のように死の可能性が意識によぎる時、生そのものの不可解性が主題的に立ち現れる。「これ何ものぞ?」

 

震災によって一時的に物資が不足し、ライフラインが途絶えた時実感したのは、自分たちの生活の相互依存性でもあった。わたしは米粒一つ自ら生み出すことができない。農家の生産者、運ぶ人、売る人がいて初めて手元に届く。知らずの内に自分の生活のほぼすべてがいかに他者に依存しているか。他者からの恩恵を大いに受けているか。そういった、社会的な相互依存性とでも言うべきものを、実感した。健康な時にはそれを知らなくても、からだの一部が病んだり傷を負った時、はじめてこれまでそれが健康に機能していたことをしるようなものだろう。あの状況の中、混雑する客たちにいつも通り淡々とものを売ってくれたコンビニのアルバイトのお兄ちゃん・お姉ちゃんにはどれだけ感謝したことか。

 

他方で、また、私たちの生活が地面の上で成り立っていることを知りもした。わたしは社会の(人と人との関係性の)網目の中にある。そしてまた人間たちの暮らす社会は地面の上に在る。あるいはゆれない地面に依存して在る。そんなことも地面がゆれなければわからない。地面がゆれるのは人間のしたことではないが、地面が揺れないで存在するのも、人間のすることではない。地面がゆれずに在り続けているのは、別に北電のおかげでも、国のおかげでもない。そして私たちの生活はゆれないでいてくれる地面にただ全面的に依存している。

 

言うまでもないことを言ったところでどうという訳ではないが、その事実を深く知る時自ずと生じてくる感動というものがあるのも確かだろう。私たちの全生活がいくら便利で快適になり、周囲の環境を幾分コントロールできるようになったとしても、その生活全体が丸ごと根柢から支えてくれるものが、全く我々の力の及ばぬものであると知る時、そこに私が感じるのは一種の驚きである。

 

天災とは、人間の世への人間の世をこえたところからの、ある種の介入である。その介入をどのように理解し、どのように人生上に位置づけ、反応するかは人様々であるだろう。わたしにとって、地震はそれ自体、神秘の言葉に近く、心身に作用している。

 

生そのもの。「一体これは何か」。この問いを解体するならば、「私がある」とはどういうことか。あるいは、こうして世界が現前している(present)とはどういうことか。わたしは生きようと思って生きているのではない。生きようと「思う」ことは、いつも既に生きているが故に可能な事象である。生きようと思う時、生きているという事態はすでに成立してしまっている。とするならば、生きているという事態は何なのか。わたしは生きようと思っているから生きているのではないとするならば、生きようとしている、そして現に生きているのは一体何なのか。「そうしよう」としたからではなく、成立して作動し続けているこの生は一体何なのか。いや、「何なのか」という問いですら無い。「それ」に直面する時、「驚き」というか「不可解」の感情が胸に漂う。

ジブリヒロイン覚書 『かぐや姫の物語』を見て

かぐや姫の物語』を見た。
ジブリアニメの女性キャラクターの特徴と言っていいのだろうか。主人公の「かぐや姫(たけのこ)」にも、独特の魅力がある。
その魅力には、他のジブリ作品で描かれる人物たちと、どこか似たところを感じる。

 

以下、思いつくまま。試みにいくつかの要素に分解してみたもの。

1)人間的な弱さや過ち、不安定さをフルに生きているということ。
彼女たちは感情的で、よく泣き、怒り、よく笑う。
失敗して自分を責める。人の痛みにとても繊細であり強く揺さぶられる。
など。利害の計算を指針とするよりも、十全に燃えるよう行動しているように見える。

2)叡智。超個人性。媒介としてあること。
その一方では、神秘的な面持ちで沈黙する。また叡智と決然とした態度をもって人々に向って語りかける。
その語りは語っている個人を超えた何かの代弁をしているかのようでもある。超個人的なメッセージ。
人間的限界をもちつつ、異他的な何かと人間の媒介としても存在している(人間と月の世界の媒介。人間と自然の。人間と蟲の。大人とトトロの)

 3)勇気と普遍的なやさしさ。
勇敢に戦い、かつ弱い者にやさしい。世俗的な慣習や身分の貴賎にとらわれることがなく、人間だけでなく動植物をいとおしむ。

4)矛盾。
1~3の矛盾した側面を、矛盾そのままを生命的に(十全に・フルに)生きているということ。
人間的不安定さの中に、情動も叡智も弱さも勇気も超個人性もふくまれ、そっくり矛盾したまま生き切られるということ。

 

例示

ナウシカは、1~4のすべてがある。
・シータは、比較的おしとやか(姫様たちの中では姫様的)で、感情的な激しさはないが、飛行機の窓を渡って逃げようとしたり、ムスカラピュタの文明にとりつかれる愚かさをムスカに説くなど、2や3。汚い調理場で腕まくりするのもある種の勇敢さだろう。
千尋は、たとえば肥大化したカオナシと一対一で正座して対峙する場面は、2と3を見ることができる。異なるものへの決然とした態度と同時にある種のやさしさを持っている。また、湯屋カオナシを媒介しているとも言える。
紅の豚のフィオは、1の情動的率直さ、職人気質や飛行機乗りたちに説教する姿などは3的。
・キキは。物語の最後、トンボを助けるのは、ヒーロー的(3)。乗っているのがデッキブラシであり、たんなるヒーローでないところがよい。
・『トトロ』のメイちゃんですら、病気の母のためトウモコロシを両手で抱え無言で走る姿には、使命を帯びた人間の意志性を感じる。(=3)

 

上記4つの要素などに、無論キャラクターたちの魅力は還元できるものではない。
むしろ、いくつかの要素(属性)によって構成される、いわゆる「キャラ」的な単純さの際立ち(「○○キャラ」等と規定されてしまうような)にではなく、こうした矛盾を含む複雑な、ある意味捉えどころのないところに、生き生きとしたジブリのヒロインたちの魅力を感じる。

震災日記 9月6日

震災の影響で仕事が休みになっている。
一時、停電と、交通手段の麻痺と、断水の噂などで、生活上の障害も大きかったが、幸い、今はライフラインも回復し、都市の交通機能なども徐々に回復しつつあるようである。

 

9月6日 

札幌市。
夜中、大きな地震があったことは知っていた。それで一度眼が覚めたから。地震の警報と共に家は揺れていた。ひょっとすると家が倒壊して死ぬだろうか、と寝ぼけた頭で考えながら、蒲団にくるまって待つだけだった(深夜の大地震、死か生か命運を何ものかに委ねる以外、他に何の仕様があるのか)。揺れが収まってTVをつけると、相当の震度だと知る。が、もうこれ以上は無いだろうと無智ゆえの楽観により、再度眠りに就く。

 

停電の影響で、家電が使えないことに気づいたのは、朝、眼が覚めて何度もTVのリモコンのスイッチを押した時だった。本州在住の親から、寝ぼけた声で、電話が来る。いろいろニュースになっているらしい。震災のことは市営地下鉄が止まっていたため、自転車で1時間かけて出勤することになる。外に出ると、信号機はランプが消えており、無秩序の中、互いにアナログなコミュニケーションを送り合いながら、人も車も道を往来していた。赤青黄、どの眼にも灯りの灯らない信号機の群は、朝のさわやかな青空の下、死人のような顔に見えた。二条小学校のところ、大きな交差点の真ん中に立ち、ピッピピッピと笛を吹き交通を指図する交番のお巡りさんの姿は、ある種秩序の象徴のように思われた。この状況の中では、その制服を着たおじさんの確固とした立ち振る舞いだけで、微かな安心感が得られるもののようである。心ひそかにお巡りさんを尊敬した。コンビニは、電気のつかない薄暗い店内から外側の入口まで、人があふれている。言葉は交わさずも、見知らぬ他者に、どことなく、連帯感を感じた。「一緒に困難を共有している」という連帯感、だったろうか。(河合先生が、そういえば「こころのつながり」について語っているのを思い出した。)


河合隼雄講演 2007 篠山市 Hayao Kawai in Sasayama City

 

それらすべてが、非日常を告げていた。にもかかわらず、子どもたちは公園でボールを蹴り、老人はベンチで休んでいる。そして美しい初秋の晴天の下、わたしは仕事へと自転車をこぐ。このアンバランスが、「災害」という言葉を実感のないものにする(今もしている。わたしは「被災者」なのか)。気にかけてメールをくれた道外の友人に、返信した時も、自分が災害にあっているという実感は全くなかった。

 

停電した職場に着くと、今日明日と営業中止と聞かされる。今は使えるが、断水の可能性も今後あるとの噂があることも。来店したお客さんには、本日店は休みである旨を伝えつつも、休憩に場所は使っていただいた。やや甲高い声で、この地震の影響について落ちつきなく話を続ける中年の女性だった。一見にこにこしていたが、内心不安だったのかもしれない。はじめは相手のために、熱心に耳を傾けていたが、聴いているうちに、自分のこれからのことが心配になり始めた。そして一方的に話を続ける相手に苛立ちを感じて、しっかり話を聴けなくなった。しだいにお互い無言になった。
職場のまっ暗なキッチンで、できるだけの容器に水を溜め、たけるだけの米を炊き、この日は解散・帰宅となった。

 

ひょっとしたら、食べる物が無くなるかもしれない(普段自炊しないので備蓄していない。朝の時点ですでに食料品は売り切れているかもしれない)、家に着くころには断水しているかもしれない、という想像と、まさかこの時代・この大都市で、飢えることはあるまい、何とかなるだろうという楽観性と。そこまで大きな不安も無く、悲壮感も無かった。むしろ、非日常的な空気に、ある種の解放的な興奮とを、感じていた。そこには、仕事が休みになった、という嬉しさと、予測不能なサバイバル的状況をどう切り抜けるか、という冒険心も含まれていた。そして、日常のおきまりのパターンの一時的解除と、この状況を皆で共有している一種の連帯感覚は、お祭りの興奮にも似ていた。そして、この困惑すべき、あるいは他者の苦悩に配慮を寄せるべき事態で、お祭りのような高揚した気分を持ってしまっていることへの、後ろめたさもまた同時に。

 

自宅に着き、まずは風呂おけいっぱいに水をため、給湯器の機能しないシャワーで頭を洗った。水の冷たさよりも、断水の方を恐れた。風呂上がり、頭の乾き切らぬ前にベッドに寝ころび読書をした。気づくと2時間ほど寝ていた。

 

日が沈み、我が家の電気は復旧した。
が、4階の自宅の窓から見える、向うのビル群は、いつもついている灯りがない。
暗闇の中、好奇心と食品の調達のための探索のため、自転車で様子を見に出た。何もしないで落ちついては、いられなかった。というと切迫感があるようだが、そうではなく単に暇だったという部分も大きい。先の見えない中で、手持ち無沙汰。あの札幌大通り(西22丁目近辺)が、まるで山中奥深くのように、濃い闇にカバーされている。自転車のライトが照らすと闇の無から人や郵便ポストの輪郭が急に浮かび上がる。いつもは24時間営業のコンビニもスーパーも、ゴーストタウンの如く、冷たく静かである。ようやく煌々と灯りのともるコンビニを見つける。店内は食料はほぼ何もないにもかかわらず、駐車場は車でいっぱいで、人がたむろしている。灯りに集まるのは、虫みたいだと思った。虫の一匹(わたし)は、ほっとした。皆、心細いのだろうか。

 

自宅は、電気は着くものの、TVは番組は受信できず、PCもネットが接続できない。
1日目終了。

 

 

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詠嘆は息となり、眼前の秋と一つ

先週のいつの日からか、感じている、秋を。甲子園も終わった。しばらく雨が続いている。北海道の夏は短い。
あれ、つい先日、春の訪れを感じていた気もするが…と月並みな回顧を行っている。
季「節」の変わり「目」は、「節目」として人を回顧に誘うようである。
しかし、過去はどこへ過ぎ去るのか。想起するこの今に、過去はいつも映現しているだけなのか。
無常への感傷とも、形而上的思索ともつかない思いも、立ち上る。

 

秋には、深まりがある。これは他の季節にはない豊饒さだ。
春が深まる、と言うのはしっくりこない。春は「満ちる」だろうか。春はいのちが、陽だまりから順にみずからを満たして行く。
夏が深まる、と言うのも同様、しっくりこない。言えるのは、緑深まる、とまでだろうか。夏は、ものが顕わになり、自分の濃さを表に照らし「高まる」。高まりは一定期間持続するが、「深さ」へ至ることはない。(といいつつ、「夏の深い夜」はある気がしてきた。この「深い」は、「夜」を修飾しているととってもいいし、夏の述語(「夏が深い、そんな夜」)ととってもよい)
また、冬が深まる、とは言えるが、「深い冬」は、過酷さやシーンとした動きの停止を感じる。停止した沈黙の荘厳さに美が凍っている。

 

それに対して「秋の深まり」においては、計りしれない奥の行く感じ、濃淡する陰影に、ある種の豊饒さが示されている感じがする。当然そこには、必ず待ちうける衰退と沈黙の冬が見え、その「もの」の陰りが詠嘆を滲ませるわけであるが。詠嘆は息となり、眼前の秋と一つ。

 

季節を味わうことも、人生の大きな楽しみである。こんなにすばらしいものが万人に対して、ただで与えられているのだから、神さまは大変気前がいい。とは言え、与えられていても、そのことに気づかないとか、味わい方を知らないことも多いのかな。「秋だね、きれいだね」以上に立ち止まることなく、人の眼はどこかへと向かって流れ、眼の前のそれを、気づくときには失っている。気づく時には失っているのが過去である。ついこないだの今年の春もまたそうであったように。